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むかしから、興味のあることしか勉強していない。そんなかんじだから、好きな本だけを何度も読み、好きなだけ自由に絵をかき、すきなうただけすきなときに歌う。そして好きな人としか接しない。とっても自由にそだったので、たまに人にねたまれもしながら、そんな人生だけをいっしょうけんめい過ごしてきた。
そんな人間をあたたかくむかいいれてくれるのは、決まって国語の先生と美術の先生達。幼稚園からはじまり、小学校、中学、高校、大学まで。どんな時も理解してくれた。
いつでも、最高にほめてくれた図工、美術の先生。
ぼくの文章をなんども、なんども読んでくれた国語の先生。
へたくそな歌をたのしそうに歌う僕をみんなの前でほめてくれた恩師。
専門的な勉強もほとんど、していない。全部独学。そんな僕は、いつのまにか、仕事の上で芸術だったり、モノづくりだったり、演出だったり、をしている。
仕事の上で出会う人びとも 受け入れてくれた。
いつもいわれるのは「かわってる」って。
ぼくを理解してくれた上記の先生や、アーティストの方々はいつも、
「そのまま大きくなってね」や「いまのままでずっといてね」といってくれる。
ぼくのいないところで僕を褒めてくれたり、僕の作品を紹介してくれる友人たち。
ぼくにとってはたいせつな褒め言葉。そしてかけがえのない理解者。そんな人たちの気持を受け、自分がいると本気で思うときも。
どんなときにも大切にしてきたものそれは誰かに教えられて身に付く『先入観』より、自分の琴線に触れた 『いとおしいもの』だけを集めていくこと。
だれかの真似はせず、自分の方法で失敗して、失敗して、少しだけ前進していく、そんなことを一番大切とした。
おかげで、自動車やバイクの運転以外の資格以外はほとんどなにももっていない。英検もなければカラー検定も。
ぼくは、いつも、空っぽ。だから、ひなたぼっこしていると、空っぽの僕のなかにたくさんのあたたかなイメージがわいてくる。ちょっとの楽しいことがあればそこから気持がひろがってくる。場所も時間も、環境も関係なく、イメージはイメージを呼ぶ。それだけが僕の今、できること。
こんなとりとめのないこと、、かいていて、今思い出したけど、一度だけ、木炭デッサンを習いにいったことがある。
それは大学4年の時。ひとに習う事ってどんな感じなのか、知りたくて、高校生に混じって美大予備校に3ヶ月間木炭デッサンを習いにいった。とても充実した日々だった半面、ちょっぴり、息苦しかった。どんどん、一点に感覚を研ぎ澄ませていく感覚にとらわれたのがぼくには合わなかった。
そのとき、つよく思ったのは、「イメージ」の育つ速度はものすごく速い、それを描きとめることだけで精一杯。ぼくはそれだけをたゆまずしていこうときめた。
あれから、14年。
それはずいぶん、うまくできるようになった。
うまくいかないことのほうが多いけど、そんな中でも、たくさん素敵な事を発見でき、なにかのかたちにしていく事ができる。呼吸するようにイメージを繰り返していく。
今の僕にひつようなのは急にあふれ出てくるもの急いで描きとめる書きやすいボールペン一本と、白紙の紙があれば、いい。
急激に発展していく人間を取り巻く、便利な環境を傍目に、ぼくは自分を紙とペンだけでひろげていく。
そんな紙とペンで。久しぶりにミュニデの新しいアイデアを描きとめた。松崎しげるの愛のメモリーと堂本つよしのオリジナルカラー、デビットボウイのスターマンを口ずさみながら、場所は3階のひなた部屋。
ミュニサク
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